マインドセット

塾講師を目指す前(中学生~浪人時代篇)

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学習塾noticeを設立した経緯や自己紹介でお話もしましたが、今回はもう少し詳細に当時の自分を振り返ってみて、どういう塾にしたいのかをお伝えしたいと思います。ただ、その前に今回は中学生時代~浪人時代の私自身の勉強の取り組み方についてお話しさせていただきたいと思います。

そもそも、ゆくゆくは通用しない自分なりの学習方法だった

中学校までは成績が良かったものの、高校からはすぐに成績不振に。進学校だったとは言ってもずっとビリとか、常にワースト10位キープとかではありませんでした。大体下位30%を行ったり来たりという感じです。中2から一番得意としていた数学も高校1年まではそこそこでしたが、高校2年から他の科目と同じようにみるみる成績が下降…(;´Д`)いよいよ何も武器がない状態に(´;ω;`)ウゥゥ

でも、それはそうでしたね。何故なら何も考えていなかったから。こう聞くと、じゃあなんで中学校までは成績が良かったのか?という疑問を持った方もいると思います。それは比較的自信のあった丸暗記力と数をこなす学習に頼っていたからです。どれぐらい自信のあった記憶力かというと、小学校の頃からデスクマットが世界地図だった(小学校1年生の時に買ってもらった机だから、その当時の流行りのアニメキャラクターとか付いていることが普通だと思うけど、なんでだろう(‘ω’))こともあり、中学生で通っていた塾の社会の授業時に行われた世界国名テストだけはいつも一番でした。しかもやたらヨーロッパとアフリカ大陸の国名を全部覚える(笑)というぐらい、一応は自信がありました。

また数をこなすといっても勉強嫌いだったこともあり、中学校からは正直大した量ではなく塾で出された宿題をこなす、学校の課題や宿題をこなすといった受動的な学習のみでした。もう少し細かく言えば、何故この問題ではこの解法を使うのかといった本質的な部分と向き合うこともなく、ただパターンとして解いて誤魔化していた学習方法でした。これもいわば丸暗記に頼った学習方法でした。そのため得意だった数学でも、用語の深い理解や何故その状況でこの立式が出来るのかの理解までは出来ていませんでした。そして高校では塾に通っていなかったこともあり、やはり通用しませんでした。ちなみに通わなかった理由は中学校の時に通っていた塾の副塾長が「沖縄の高校生対象とした塾はいいとこないから、自分で勉強した方がいいよ」と言ってたことを都合よく呑み込み、勉強したくないがために通わないという選択をしたためです(笑)いや、ホントに現実逃避してましたね…( ゚Д゚)(当時からももちろん良い塾は沢山あったと思いますが、塾に通わず勉強から逃避する免罪符にしていました)

そうすると、通用する学習方法って?

改めて振り返ると、逆に次の2点を押さえた学習方法が大事だと考えます。

1.丸暗記に頼らない

2.量だけに頼らない

1は好きな科目であればある程度通用すると思います。ですが、覚える量も増えてくる高校からの内容は好きな科目であればまだ良いですが、苦手科目に関しては限界があります。例えば高校の歴史について。大学受験に必要な項目の知識で、世界史は4000語、日本史だと6000語に及ぶとも言われます。歴史が苦手だった自分にとってはゾッとするする数です(笑)そのため歴史の場合だと出来事に対する背景や理解、そして出来事が起こる流れの把握が必要になります。

もちろん、上記は歴史のことに限った場合ではなく数学でも同様です。

例えば高校で数学Bにベクトルという単元があります。(数学苦手な方も読んでいただけると幸いです(;^ω^))

例題:△ABCの内部に点Pがあり、6(PA)⃗+3(PB)⃗+2(PC)⃗=0を満たしている。点Pはどのような位置にあるか(表記上アルファベット後の矢印がずれてしまっていますが、本来矢印はアルファベットの上に書きます)

[類 名古屋市大]

(チャート式 基礎からの数学Ⅱ+B:数研出版より抜粋)

 

丸暗記で解くなら、(PA)⃗、(PB)⃗、(PC)⃗を△ABCのいずれかの頂点に始点をそろえて解く、ということを覚えていれば解けます。この問題を解くだけならそれで良いのですが、この問題を元に応用問題を解くこともあります。ここで大事なのが、何故△ABCのいずれかの頂点に始点をそろえないといけないのか、という理由まで理解しておく必要があります。記憶は多くの事柄(理解した内容も含めて)を覚えておいた方が残りやすいことが判明しています。(記憶についてはいずれ別の記事でお話しします)一つ私自身の経験を重ねてお話しすると、人の名前と顔を覚えるのも比較的得意なのですが、その際にその人の趣味・部活・出身なども一緒に覚えるようにしています。最初から全て覚えていなくても、断片的に思い出していけて名前を思い出していました。

2は浪人時代に痛感しましたが、とにかく問題を解くということをしていました。理系だったこともあり数学の計算問題は基本毎日やっていました。ただ今思うとその方法に逃げていたとも言えます。理解できない問題はとにかく繰り返し解いて解く流れを丸暗記する、そうすればいずれは解けるようになる、といった無策なやり方・考え方でした。このときにも上述したように何故そうなるのか?といった自分なりの問いを立ててそこを解決するという自分自身と向き合ったことを避けた学習方法でした。逆にそれをしていたら、もしかたら第一志望に合格していたかもしれませんね。もちろん、量をこなすことは必要で大切なことです。逆に計算をいつもやっていたお陰で計算力は多少今でも生きている部分はあるな、と生徒と授業をしているときに感じることはあります。(それでももっと伸ばしたいという思いはありますが)でもやってもなかなか成績が伸びないということであれば、ここを見直す必要があるかもしれません。また同時に常日頃から自分に問いを立てるということも必要だったな、とも思っています。当時はよく、とぅるばって(方言でボーっとする)ました(笑)それも今では勿体なかったな、と感じています。なんで車用の信号機の色は右側が赤なんだろう、なんで山手線は新宿→池袋方面を外回りと呼ぶんだろう、とか別に直接勉強と関係のない内容でもいいです。また、答えを必ず出す必要もないです。ただ、調べて答えを探せるものは出来るだけ調べた方が良いです。大事なのはその問いに対して答えを見つけることではなく、日頃から自分に対して問いを立てることです。考える癖をつけないとその先に行くことは難しいな、と思い知らされました。

まとめ

丸暗記・量だけに頼るのではなく、自分の中で問いを立てるということが重要です。暗記力に特に秀でていれば良いですが、得意科目であってもなかなか難しいな、または苦手科目に対しては頭に入ってこない、という場合は自分自身で考えることをしてみましょう。次回はこの話を踏まえて改めて私が塾講師をしている理由をお話ししたいと思います。

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